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持続可能な航空燃料(SAF)の普及戦略:国際協調とサプライチェーン課題への政策的アプローチ

Tags: SAF, ゼロカーボン交通, 航空脱炭素, 政策提言, サプライチェーン, 国際協調, ReFuelEU Aviation

導入

航空分野における温室効果ガス排出量の削減は、地球規模での気候変動対策において喫緊の課題として認識されています。2019年時点で世界のCO2排出量の約2.5%を占める航空輸送は、特に代替手段の乏しさから「Hard-to-abate sectors」の一つと位置づけられています。この課題に対し、電動化や水素燃料といった技術革新が長期的な解として期待される一方で、既存の航空機インフラを有効活用しつつ、短中期的な排出量削減を実現するための最も現実的な解決策として、持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel; SAF)への期待が高まっています。

本稿では、ゼロカーボン交通への移行を推進する観点から、SAFの国際的な政策動向、多様な製造技術とその持続可能性基準、およびその普及を阻むサプライチェーン上の課題に焦点を当て、政策コンサルタントが参照すべき深い洞察と実用的な示唆を提供いたします。

国際的な政策フレームワークとSAF導入目標

SAFの普及には、国際的な政策協調と、各国政府による具体的な支援策が不可欠です。主要な国際機関や地域における動向は以下の通りです。

1. ICAO(国際民間航空機関)の取り組み

ICAOは、国際航空からの排出量削減目標として、2050年までに実質ゼロ排出(Net-Zero Emissions)を掲げています。その達成に向けた主要な手段の一つがSAFの導入であり、CORSIA(国際航空のためのカーボンオフセット及び削減スキーム)においても、SAFの使用はオフセットクレジットの要件緩和に寄与するとされています。さらに、LTAG(長期目標)において、SAFの増産と使用を促す政策枠組みの策定が議論されており、各国はこれらの国際的な目標に基づいた国内戦略の策定を求められています。

2. 欧州連合(EU)の「Fit for 55」パッケージ

EUは、2030年までに1990年比で温室効果ガスを55%削減するという野心的な目標を掲げ、「Fit for 55」パッケージの一環として「ReFuelEU Aviation」規則を導入しました。この規則は、EU域内の空港における航空燃料供給者に対し、SAFの混合義務を段階的に課すものです。具体的には、2025年にSAFの混合率を2%から開始し、2050年には70%まで引き上げるという拘束力のある目標を設定しています。これにより、SAFの安定的な需要創出と生産拡大を促す狙いがあります。

3. 米国の「SAFグランチャレンジ」

米国は、バイデン政権のもとで「SAFグランチャレンジ」を立ち上げ、2030年までに年間30億ガロン(約113億リットル)のSAF生産を目標としています。この目標達成のため、税額控除、研究開発資金提供、サプライチェーン構築支援など、多岐にわたるインセンティブプログラムが導入されています。例えば、インフレ抑制法(IRA)におけるクリーン燃料生産税額控除は、SAF生産に対する強力な経済的支援策として機能しています。

これらの国際的な動向は、SAFの需要と供給双方に大きな影響を与え、グローバルなサプライチェーン構築の方向性を示唆しています。

SAFの技術的側面と持続可能性基準

SAFは、化石燃料由来のジェット燃料と比較して、ライフサイクル全体で大幅なCO2排出量削減を達成するよう設計されています。その製造技術と持続可能性基準は多岐にわたります。

1. 主要な製造経路

現在、SAFの製造には様々な経路が存在し、それぞれ異なる原料と技術的特徴を持っています。

これらの技術は、それぞれLCA排出量削減効果、コスト、商業化レベル、原料の持続可能性において異なる特性を持っています。

2. 持続可能性基準と認証

SAFの持続可能性は、単に排出量削減効果だけでなく、原料の生産・調達における環境的・社会的な影響も考慮されるべきです。主要な認証制度(例: RSB, ISCC PLUS)は、以下のような基準を設けています。

これらの基準は、SAFが真に持続可能なソリューションであるために不可欠であり、政策立案においては、これらの基準を満たすSAFの普及を促すためのインセンティブ設計が重要となります。

サプライチェーン構築の課題と政策的アプローチ

SAFの本格的な普及には、原料調達から製造、輸送、航空機への給油に至るまでの複雑なサプライチェーン全体の課題解決が求められます。

1. 生産能力とコストプレミアム

現在のSAF生産量は、世界の航空燃料需要の1%未満に過ぎず、大規模なスケールアップが必要です。また、SAFの生産コストは、化石燃料由来のジェット燃料と比較して2~5倍程度高いとされており、このコストプレミアムが普及の最大の障壁となっています。

政策的アプローチ: * 生産インセンティブ: 生産設備投資への補助金、低利融資、税額控除などにより、初期投資リスクを低減し、生産者の事業化を支援します。 * 需要インセンティブ: 混合義務化、購入補助金、排出量取引制度における優遇措置などにより、航空会社のSAF導入コストを一部負担し、需要を喚起します。 * 官民連携: 政府が民間企業と連携し、研究開発、パイロットプラント建設、大規模生産施設の誘致などを推進します。

2. 原料の安定供給と多様化

SAFの原料は多岐にわたりますが、HEFAに用いられる使用済み食用油などは供給量に限りがあります。将来的には、農業廃棄物、林業残渣、都市ごみ、藻類、CO2といった多様な原料の活用が不可欠です。

政策的アプローチ: * 原料供給網の構築支援: バイオマス集荷・前処理施設の整備、廃棄物からの原料抽出技術の開発支援など。 * 技術開発の推進: PtLやATJなど、より多様な原料に対応できる次世代SAF技術へのR&D投資を強化します。 * 国際協力: 原料が偏在している場合、安定供給を確保するための国際的な協力関係構築が求められます。

3. 輸送・貯蔵インフラ

SAFは、既存のジェット燃料と混合して使用する「ドロップイン燃料」として設計されていますが、大規模なSAF生産が開始された場合、既存のパイプラインや貯蔵施設が対応可能か、あるいは新たな専用インフラが必要となるかという課題が生じます。

政策的アプローチ: * インフラ投資への支援: SAF専用または混送可能な輸送・貯蔵インフラの整備に対する資金援助や規制緩和。 * 標準化と認証: SAFの品質基準、混合比率、認証プロセスの国際的な標準化を推進し、サプライチェーン全体の効率化を図ります。

結論

持続可能な航空燃料(SAF)は、航空分野のゼロカーボン化に向けた最も重要な戦略的要素の一つであり、その普及は国際的な気候目標達成に不可欠です。しかし、生産能力の不足、高いコストプレミアム、原料の安定供給、そして複雑なサプライチェーン構築といった多岐にわたる課題が存在します。

これらの課題を克服するためには、国際機関による目標設定と規制の調和、各国政府による強力な政策支援(生産・需要インセンティブ、研究開発投資)、そして民間企業による技術革新とサプライチェーン全体での協調が不可欠です。特に、再生可能エネルギー由来の水素とCO2を活用するPtL-SAFのような次世代技術の商業化加速は、原料制約の緩和と長期的なコスト低減に貢献する可能性を秘めています。

政策コンサルタントは、これらの国際的な政策動向、技術的進展、サプライチェーンの特性を深く理解し、日本の状況に合わせた具体的な政策提言や戦略立案に貢献することが期待されます。例えば、国内の再生可能エネルギーポテンシャルや廃棄物資源の活用可能性を評価し、最適なSAF生産技術とサプライチェーンモデルを提案すること、国際的な制度設計への積極的な関与を促すことなどが挙げられます。SAFの普及は、単なる燃料転換に留まらず、新たな産業創出と経済成長の機会をもたらす可能性を秘めている点を認識し、持続可能な未来に向けた具体的な行動を加速させる必要があるでしょう。